何もない空虚

動画を作っていたりいなかったり

ソルティライチ 

28歳になりました。

恒例の去年の記事をば。

フリーランスになって1年近く経ちました。
今のところはメリットの方が大きかったかなと思いますが、常に勉強し続けることを忘れないようにしないと、すぐに足をすくわれかねないのかなと。

あと、歳を重ねるごとに、友人が減っていくのがなんとも寂しい限りです。
その反面、仕事上での縁は広がりつつあり、あとは自分の努力次第なのかもしれません。

動画の方は年単位で休業状態になっていますが、サイトの方は結構バリバリ作っています。
今年はなんとか両立していきたいなーと思います。
trackback: -- | コメント: -- | edit

ビール 

明日から新しい現場に移ることにしました。

今の現場は、フリーランスに転身して初めての現場でした。
11ヶ月という、世間一般的には決して長いとはいえない期間でしたが、様々なことを勉強させて頂きました。

勉強という点では、ASP.NET MVCやらReactやら、全く未経験だった知識を得ることができたのが、本当に大きかったなぁと。
特にReactは面白かったので、次の現場でもバリバリ書いていこうと思っています。

その反面、「人」という面では、あまり良い現場ではなかったと思います。

正社員はかなり個性派揃いで、メールを打っているだけなのに異常にタイピングがうるさい人、なぜかやたらと自分のことを敵視してくるサーバーサイドのリーダー、40歳でバックエンドからフロントエンドに転身してプロジェクトの足を引っ張りまくるリーダーなどなど、社員教育が甘すぎるのは否めなかったです。
特にタイピングがうるさいのはきつかったです、ここ数ヶ月は本当に作業に集中できませんでした。

1年近くいたにも関わらず、コミュニケーション能力やリーダー研修などの社員教育が全く行われていなかったのは、少し衝撃的でした。
と同時に、子供のような上司が多いため、まともな人はすぐ辞めていくんだろうなーと…。

明日からは恵比寿で働くことになります、今度は何年働くのかなぁ。
trackback: -- | コメント: -- | edit

twitterやめました 

色々あってtwitterをやめました。

炎上したとかそういうわけではないので、誤解ないよう…。

なので必然的にブログの更新頻度が上がるかもしれないです、上がらないかもしれないです。
trackback: -- | コメント: -- | edit

正社員クソくらえ 

「こうあるべき」という考え方は、誰も得をしないんじゃないかなーと最近思っています。

自分の父親は「息子とはこうあるべき」「学生とはこうあるべき」「社会人とはこうあるべき」などなど、「こうあるべき」論信者と言っても過言ではない程度には、頑固な考え方を持っています。

考え方は人それぞれだと思うので、別に父親が「こうあるべき」論をいくつ持っていようとどうでも良いです。
ただ一つ、父親が持つ「こうあるべき」論を、他人に押し付けてくるところが非常にやっかいで、父親を尊敬できず、それどころか嫌悪の対象としてさえ見ています。
# 頑固者は自分の意見を強く押し付けてくる人が多いとは思いますが。

そんな父親ですが、1年ほど前に「社会人とはこうあるべき」という考えを押し付けてきました。

うちの身内は教員家系で、祖父は元大学教授、母親は教員免許持ちで老人大学教師、そして父親は小学校の校長に携わっています。
そして全員が一度も転職することなく、定年まで正社員として働くことが当たり前という考え方を持っています。

その一方、自分は新卒正社員として働き始めたは良かったものの、2年半後に転職、さらに1年後に退職して個人事業主に転向しましたので、両親や祖父母からしてみれば、かなり破天荒な生き方をしているように見えるのかもしれません。
実際身内と会うと、「あなたのことが心配でしょうがない、頼むから正社員として生きてくれ」と幾度となく言われてきました。

特に父親からは「お前の生き方は理解できない、自営業なんて社会人じゃない、お前は社会人失格だ」と激しく叱責された始末です。

ただ、自分からしてみると、今の時代生き方も多様化している中で、正社員として一つの会社で定年まで働き続けることが絶対的に正しい生き方だとは到底理解できません。
むしろ若いうちに様々な会社に携わって、自分の視野を広げて生きていくことの方が大事なんじゃないかなーと思います。

もちろん転職や退職を繰り返す度は、様々なリスクを伴います。
ただ、自分の身内のように、リスクを伴わない人生こそが正解という考え方を押し付けるということは、ちょっと理解できないなぁと。

その他にも、新卒就職の際、うちの身内は大企業が絶対という考え方を持っていますので、「なんで東芝を受けなかったの?」とか「なんでそんな無名の企業に入ったの?」としつこく聞いてきました。
自分は元々『大企業だから大丈夫』といった考え方は全く持っていなかったので、『なんでそんなに自分の考え方が正しいと思えるんだろう…』としか思えませんでした。

結局、「こうあるべき」という考え方は、それ以外の可能性に目を向けることがなくなり、自分の視野を狭めるだけであって、何一つメリットがないんじゃないかなーと思います。
結局そこから他人を尊重するという行動に繋がり、また新たな知見を得ることができるんじゃないかなと。

息子の考えを尊重することさえ出来ない父親が、果たしてまともに小学校の校長先生を勤めることができているのかと…余計なお世話に他ならないですが、そんな父親を持つ自分が恥ずかしいです。

「こうあるべき」論を持つべきではない論を持ってはいますが、それをまた他人に押し付けないようにしないと本末転倒なことになりますので、ブログに書くに留めようと思います。
trackback: -- | コメント: -- | edit

おはようございます 

職場で挨拶ができない人って結構いますが、それだけであまり関わりたくないなーと思います。

挨拶って一番手っ取り早く好感度上げる手段の一つだと個人的には思います。
挨拶をする人が挨拶をする理由を考えてみると、以下のパターンに分かれるのかなと。

1. なんとなく、無意識に、昔からやっているから
2. 好感度を上げようとして
3. 職場の雰囲気を上げようとして

自分は言わずもがな2.の理由でやってます。
こうやって書くとなんとも嫌らしい感じがしなくもないですが、職場の人間といえど半数以上の人は見ず知らずの他人なので、そう考えると2.の理由の正当性は確認できるかと。

逆に1.や3.の理由でやっている人の中には、逆に好感度を下げている人も少なくないと思います。

例えば挨拶の声が大きすぎたり小さすぎたりすると最悪です。
そういった人は"空気が読めない人"であったり、"くらーい人"であったり、マイナスな印象を植え付けますよね。

『うるせぇなぁ』とも『気持ち悪いなぁ』とも思わせない、適度な声量で挨拶ができる人は、それだけで印象が良いわけで。

そういった"空気が読める"人間だと思われて損はないと思うので、逆に適度な挨拶が出来ない人は、その程度のことも考えることが出来ない馬鹿なんだろうなーと思ってます。

挨拶、とても大切だと思います。
trackback: -- | コメント: -- | edit