何もない空虚

動画を作っていたりいなかったり

パワースカッシュの日 

ここ2週間くらい書こう書こうと思って面倒くさくて書いてなかったエントリー。
重い指を持ち上げつつ、長くなりそうな予感がしつつ。

つまり、生まれた瞬間その人の運の良さは決まってると常々思うわけで。

物心がついてから幾つも歳を重ねると、なんとなく『自分は運が良い人間なんだろうなー』とか『自分は運がない人間なんだろうなー』とか感じることがあると思うのです。
して、今まで何人もの人と喋る機会があったけど、基本的に自分が知り合う人ってみんな『自分は運が良いと思う』って言う人が物凄く多い印象だったりするのです。

してして、何が言いたいのかというと、自分は多分相当運が悪い(ない)人間なんだろうなーと昔っから感じていたりしたりします。

最初に運の格差を感じたのが自分が高校生の時のこと。
中学から仲の良い友人(当時親友といっても差し支えなかったと思う)がいたんだけど、まぁ何かとそいつには劣っていたのです。

例えば家柄とか、例えば頭の良さとか、例えば運動神経とか、例えば交友関係とか、例えば家庭環境とか、顔は自分が勝ってた気がするけど。
家柄とか家庭環境とかは生まれ持って逃れられない定めと書いて運命と読む部分があるので、そういう面では諦めていたわけです。
じゃあ何なら勝てるって、やっぱり成績なのかな当時の自分は心の中で勝手に闘争心を燃やしていたりしていました。

で、そういう劣等感を持っていたのが高校1年生の頃、そっから勉強を黙々とやり始めたんですね。
その頃は自分の成績が学年で中の中、そいつが中の上と、何とも言えないレベルの戦いだったんだけど、その程度の低レベルな争いなだけあって高2のことには同じくらいになり、高3の初めにはあっという間に追い抜いちゃったわけです。

結局高校を卒業する頃には学年一桁の成績まで行っちゃって、まぁそこそこ良い大学に受かっちゃったわけなのです。

話がここで終われば「なんだ、努力で何とでもなったじゃないか、何も問題無いじゃん」という話なんですが、運がない人間は基本的に上げて落とされることが多いのが特徴だったりします。

高3になっても大して勉強をしなかった彼を見て『大学受験どうするんだろう…』と内心思っていたわけですが、10月にAO入試(*)を受けて、あっさり第一志望の地元の国立大学に受かっちゃったんですよね。
(*)学力を見ずに人間性だけを見る、つまりそういう入試方法。
反面自分はというと、第一志望の大学に受かったにも関わらず、何故か第一志望の大学より偏差値が"1"高いというしょーもない理由で一番行きたくなかった理解大に無理やり入学させられました。

なんで行きたくなかったって、留年率が私立の大学で全国一番の大学に誰が喜んで行きたいかって話ですよ。

結局後から母親から聞いた話によると、当時父親は理科大を第一志望だったけど落ちちゃってたらしく、息子が受かっちゃったからどうしても入れさせたかったらしいのです。
高校でしっかり勉強したんだから、楽な大学に行って大して勉強せずに楽しい4年間を過ごしたかったのに、案の定楽しくも何ともないキャンパスライフ()を5年間過ごした自分が今でも情けないやら悔しいやらで…。

閑話休題。
話は高校時代に戻って、当時親友だった彼とはまぁしょっちゅうしょーもない会話をしたわけですが、その中で物凄く印象的な会話が未だに記憶に強かったりします。
確か放課後の図書室でこんな会話をしてました。

自分「なんかお前ってやけに運が良いよなぁ」
彼「あー、俺もそう思うわ」
自分「それに比べてなんで俺ってこんなに運がないんだろうね、お前が羨ましくて仕方ないわ」
彼「あー、確かにお前は運が無いよなぁ、なんでだろうね」

何が言いたいかって、運が良い人間は自分が運が良いことを自覚しているということです。
(別に自分で自分のことを「俺運が無いからーまじで運が無い人間だから―」とか自虐したいわけではないので悪しからず、まじで。)

運が良い人間は自分で自分は運が良い人間だと自覚している、だから人生何とかなると思ってるし、実際何とかなってることが凄い多いよなーとしみじみ感じます。
でも運が良い人間にも1つ欠点がある気がするのです。

それは、運が良い人間は努力が出来ないまま成長しちゃうことです。

運が良い人間は、ある種楽をしたまま成長しちゃっているので、努力が出来ないタイプの人がものすごーく多い印象があったりします。
人生の成功者と言われる人たちも、努力して努力して、ついに成功しちゃった代償として、努力をしなくなってしまっておかしくなってしまっている人が多い印象があります。

例えばお金の使い方、時間の使い方が常人とはかけ離れていたりとか、何となしにぼーっと生きていたりとか。
考える事をせずに生きていけるので、馬鹿な人も多い印象です。
案の定運の良い彼は、高校時代から努力をすることを覚えれなかったので、大学生になってもあらゆる趣味が続かず、結果地下アイドルの追っかけを延々続ける人生を迎えています、金も相当つぎ込んでいるみたいで、なんでこうなっちゃった。

でも、それはそれで幸せそうなので良いのかなと。
そっち方面で仲の良い友人もたくさんいるみたいですし、運の良い人間と悪い人間では分かり合えない部分は多いと思います。

これだけ書くとじゃあ運が悪い人間の方が良いのか?という話になるんですけど、もちろんそんなこともなく。
言わずもがな、運も良くて努力も出来る人間がやっぱり一番だと思います。
で、運が良くて努力も出来る人間に、運が悪くて努力する人間は一生勝てません、これはもう紛れもない事実だと思います。

これまでの話をまとめると、まず人間は生まれた瞬間以下の4種類に分類される気がします。

1. 運が良くて努力も出来る人間
2. 運が良くて努力が出来ない人間
3. 運が悪くて努力も出来ない人間
4. 運が悪くて努力が出来る人間

で、上記の順番で人間としての幸福度ってある程度定まっているんじゃないかなーと個人的には思います。
「3.と4.が逆じゃないか?」と思う人もいるかもしれませんが、生活保護もらってのうのうと生きている人間と、バイトでくそ忙しいくせに大して給料は貰えない人間の違いみたいな印象で、どっちが幸せなんだろうと考えた結果です。

「努力は嘘をつかない」って言葉は成功者しか言わないって言葉が凄く好きなんですが、もうまさにその通りで、運がない人間は努力なんてしても自己満足の全くの無駄なんじゃないかなと常々思います。
でも努力が嫌いじゃないから努力して、もがき苦しんで、一生結果は出ない、そんな人生をこれからも自分は送るのかな―と日々感じるここ数年です。

努力は嘘をつくけれども、成功者の言葉に耳を傾ける時間があったら努力をする、そんなライフスタイルを考えつつ。





つまり何がって、宝くじで100億円当たらねーかな―って話です、運悪いから宝くじなんてぜってー買わねーけどな!!
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