何もない空虚

動画を作っていたりいなかったり

カルピスソーダ マスカットの日 

こんにちは、午後15時前、9月ですね。
8月は天気が優れた日が少なかったのに、9月に入った途端に晴天の日々が続いてます。

タイピングの話。

自分で言うことでもないかもですが、自分のタイピング音ってかなり小さい方だと思います。
キーを叩くのではなく、キーを押すように常日頃心がけているんですが。

というのも、タイピング音がうるさい人は仕事が出来ない人(もしくは一緒に仕事をしたくない人)という考えが自分の中にあったりします。

単にタイピングがうるさい人が近くにいると、集中してロジックを考えることも出来ないですし。
今の職場でも近くの席にタイピングがうるさい人がいるので、耳栓をして作業をしています。

で、なぜ「タイピングがうるさい人=仕事が出来ない人」という等式を決めつけているかと言いますと。

結局タイピングがうるさい人って、周りへ配慮できない人だと思っています。
直接的な表現で言えば、精神障害者かなと。

大半の職場・現場では、団体行動・集団行動がほとんどだと思います。
で、当たり前のことですけど、団体行動や集団行動を行う以上、その輪を乱すような行為を行ってはダメなのは言うまでもないかなと。

就活の場で「コミュニケーション能力」という言葉は耳にタコができるほど聞いてきましたが、なぜ「コミュニケーション能力」が求められているのか。
まぁ考えるまでもないですが、円滑なコミュニケーション、ひいてはしっかりとした現場を創造していくために必要とされているのかなと。

たまに「コミュニケーション能力」と「会話能力」をイコールで考えている人を見受けますが、その考えは大きな間違いです。
もちろん「会話能力」も「コミュニケーション能力」の一つなのは間違いないですが、「プレゼンテーション能力」や「資料作成能力」など、様々な能力の総称が「コミュニケーション能力」かなと。

で、タイピングがうるさい人は、周りの迷惑を考えれない人なので、現場において円滑なコミュニケーションを図ろうと考えれない「コミュ障」なのかなと。

ほんの少し考えれば『騒がしいタイピングは周りの迷惑だからやめよう』という結論に行き着くと思うんですけど、それを考える脳がそもそも存在していない、精神障害による「コミュ障」なのかなと。

こういった方々は「タイピング音が大きいので気をつけましょう」と言っても直せません。
何故なら精神障害なので、まずはそこから治す必要があると考えています。

よく「大きな声で挨拶をしよう」といっても挨拶をしない人がいますが、全く同じ症例ですね。

『挨拶をしたって何も変わらない、だから挨拶なんてする必要はない』と考えているのだと思います。
が、挨拶をするだけで現場の雰囲気が良くなり、円滑なコミュニケーションが図れるようになると個人的には思っています。
# つまり挨拶が出来ない人も精神障害者だと思っているってことです。

なので、うるせータイピング野郎にはなるべく接しないようにしてます。
『この人は病気だからしょうがない』と思いつつ、この現場もあと1ヶ月です。
trackback: -- | コメント: -- | edit