何もない空虚

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コミュ障について個人的に思うこと 

自分で自分のことをコミュ障って言い張る人って多いですよね。

実際、SEという職業柄、『こいつコミュ障だなー』と思う人は山のように見てきました。
人が喋っている時に話を遮って喋りだす人、空気の読めない発言をする人、そもそもコミュニケーションが成り立たない人、コミュ障にも色んな種類がいると思います。

ただ、コミュ障と、自分のことをコミュ障と言い張る人(以下自称コミュ障)は全然人間性が違うのかなーと、ふと思いまして。
そもそも自分のことをコミュ障と言い張る人の心理はどこにあるのかなと。

で、今朝出勤中に、自称コミュ障は骨折した小学生の心理に似ているのかなと思いました。

自分は人生で一度も自分のことをコミュ障だと思ったことはないです。
初対面の相手でも全くコミュニケーションを苦手に思ったことはないですし、話も普通に出来る方だと思ってます。

話変わって、小学生の時に骨折をしたことがあります。
自宅の階段で転げ落ちて左腕を骨折しました。(実際には無茶苦茶しょーもない話があったりするんですが、それはまたの機会で)

で、小学生時代の骨折は同級生から心配されて嬉しいとか、ギプスをつけた自分が誇らしいとか、よくそういう話を聞きますが、実際のところ何も起きず、2週間で普通に治りました。
ただ、そういう心理は理解できる部分はあって、なんとなーく骨折にテンションが上がっている自分がいたことも事実だったりします。

これのどこが自称コミュ障の心理に似ていると思うのかというと、ともに『周りの人とは違う自分』を感じている部分があると思うんですよね。

恐らく、コミュ力バリバリの面子の中でこそ、自称コミュ障はその心理を強く感じる部分があるんじゃないかなと思います。
つまり、自分で自分のことをコミュ障だと言い張ることによって、自分は周りとは違うんだという、厨二的な考えで悦に浸っているんじゃないかなと、多分ですけど。

とはいえ、個人的には自分で自分のことを障害者と言い張るその感覚は、ちょっと理解し難いものがあります。

コミュ障という言い方のせいで意味合いがぼやけている部分もありますけど、コミュニケーション障害は立派な障害です。
未成年の傷害事件をいじめとぼやかしているのと何ら変わりがないんじゃないかなと。

障害の多くは、周りの人から指摘されて気づき、自覚するものじゃないかなーと思っているので、自称コミュ障ってかなりタチが悪いと思った次第です。

なるだけ自称コミュ障とは関わらずに生きていきたいなーと思う今日この頃です。
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